SHUMAMB_CLTR

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年度が変わって

 

2016年度、綺麗な一年になった。やはりあらゆる活動は匿名でないと障壁が多いと感じることが増えて、コントロールできていないものを全て投げ出した。

 

閃きの単位で発信をしていくと、これまでに積み重ねのある分野では案外よい反応を得ることができた。それは二次的な発信でも同じことがいえて、これまでになかったタイプの自信を得ることができた。しかし、好評であることは、すなわち、その後も同じ類の発信を期待されているということで。いや、決して実名で動いていたものは一つもないのだけれど、同一のIDに一貫性が求められることは当たり前らしかった。

 

一貫性を好む人は非常に多くて、確かに信頼に繋がるものではあるけれど、邪魔になってしまう部分のほうが今は気になる。そういった、自分のイメージを決めつけるようなものが荷物になっていると気づいたのがやっと最近。周りに知られていようがいまいが、自分はこういう人間であるという意識は、なにかを発信する際に本当に邪魔だった。

 

何でもありの状況下では、想像できる程度の結果を出すのは容易い。全くフラットな状況で、100%の力を出し切って表現している感覚は非常に気持ちよい。ただ、想像を超えられない苦しさはあるし、気持ちが持続しないからブランドを作り上げることはいつまで経ってもできないのだろうなと寂しくなることはある。あくまでも安定剤の役割というか。

 

器用ではないからいろいろなことを同時に運用することができなくて、生活が疎かになることがよくある。この一年もそれを変えられなかったなという思いが残る。人と話すと、生活に密接する話をされることが多くて、そういうとき、自分は途端に口数が減ってしまう。決して目を背けたくなるような生活をしているわけではないのだけど、生活とかけ離れたことこそ面白いと信じる気持ちが強くて、いまだに興味を持てずにいる。今はよいけれど、近い将来、困るのは目に見えている。感覚に信頼を置いてばかりで鍛錬を怠る人は、生活が下手だし歳をとったときが悲惨だよね。どうしようかね。

 

そんなこんなで、今年度の目標はまだ決めあぐねている。今は、できることの多い環境をなんとか作り出せた状態。賢い人と比べてしまうとあれだけれど、自分の中では最大限に可能性が拡がっている状態。ただ、この状態を維持するための地力というか基盤がない。それに、この何でもできる状態をどう楽しんだらよいのか、今はよくわかっていない。これまでは選択肢を増やすことに必死だったけれど、いざ環境が整ったら、選択肢の多い中で楽しむ能力がまだ全く備わっていなかったようで。

 

それでも、頭が悪いなりにここまでの余裕を作り出せて、なんだかんだすごく幸せだなとここ最近強く感じている。客観的にというか一般的な尺度では間違いなく今が一番よい状態だから、ここからの下り坂を緩やかにする方法を考えていきたいね。

 

地下深くでなにかを企んでにやけたり、未来をみてわくわくしたり、がこれまでだったけれど、今がずっと続けばよいなとセンチメンタルになるのはこれが初めてだ。これから歳はとるし留まっていられるわけではないから、また別の島へ移って別の幸せを掴みにいかないといけないわけだけど、ひとつ、今がピークなのかな。

 

やれることは今無限にあって、どう張り切ったって全てを体験することはできないから、思いつくことから少しずつ、自分のペースでやっていけばいいね。