SHUMAMB_CLTR

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2018年のことと2019年のこと

昨年の振り返りを、2019年元日の朝に書く。


昨年は、後悔のある年だった。ボクシングだったはずがいつのまにかプロレスの要素を帯びてくるという現象はよくあることであって、それを楽しむことを成熟と呼ぶ人もいるけれど魅力のある人はしっかりと守っているよと、そう自分に言い聞かせてきたのだけれど、少し緩んでしまった。感性の全く及ばない領域に時間を費やしすぎてしまったこともあり、それは豊かな生活ではなく贅沢であると。そして、責任感と好奇心、両立はしないといえどどちらも非常に中途半端だった。あと、体調が安定しなかったりただただ怠けていたり。それなりに神経をすり減らしてよくがんばっていると信じ幸福度が高くなっていた時期もあったけれど、目標に対する正しい努力ではなかったから危なかった。もう少し感情に素直になって、本当にやりたいことに集中していかないとならない。


あと、音楽の場は、遠くから見ていたけれど、やはり今も難しい状況のようで。相変わらず、お金から離れているところほど美しかった。サステイナブルなジャンル/コミュニティなんてものはできっこないのかもしれない。マネタイズおじさんや、執着のない小賢しい目立ちたがり屋が参入してくるとどこも簡単に崩れる。流行りものは例外なくダサいというその構造というか必然性にはみんな気づき始めていて、そこから少しは状況が変わるかと期待したけれど、ダサくてもいいと開き直る次のステージが来てしまったようだ。祭り好きの国民性ゆえか。日本のそのあたりの事情は今後も好転しないものとして、あまり気にせずに自分が楽しむことだけを考えるのがよさそう。本当は少し寂しいし、観る側も成長していきたいけれど、今でも、芸術なんて結局は好みでしょと言い放つ人がいるから。それに、その界隈の黎明期などと言われてから数年経つと、発想をとばせるようなある意味飽きっぽい人たちはとうにいなくなってしまい、それらの天才が遺していったものを凡人たちで精一杯模倣し続ける時期が長く続いてしまったり。だから、界隈が良い状態を長期的に保つのはやる側観る側どちらにも問題があって無理、と言い切って諦めてしまったほうがいいのかな。


今年、2019年は、嫌なことはやらない。その代わりに、好きなことにしっかりじっくり時間をかける。凡人は選択と集中が一番であると。そして、凡人であっても、他人を写したごみにならないよう、昨年のような消費の仕方はせず直向きに感性の壁を叩き続けて拡げていく必要がある。きっと、何かが大きく開花する年とはならないだろうけれど、やることを淡々とやる。安易にピークをつくるとあっち側の人間になってしまうから、ドラスティックなことはせず。


あと、昨年よりは笑っていたい。ガハハもニヤリも。

 

今年も、ではなくて、今年はがんばるぞ。